第4話:きみじゃない、でも――
駅前の小さなカフェ。
季節外れの雨が、窓ガラスに静かに滴を描いていた。
奏は、慣れない外の空気にほんの少し肩をすぼめながら、ひとつ深呼吸をする。
「……ほんとに来ちゃったな」
会いたいと思ったのは、ゲームの中の“YUMA”。
顔も本名も知らないはずなのに、どこか懐かしいような温もりを感じた。
現実の人間関係は怖かった。でも、彼だけは違った。
そして今、扉が開く音がして――
ひとりの男性が入ってきた。
「……奏、さん?」
少し緊張した声。だが柔らかく、笑顔は優しかった。
服装も髪型も、整っていて感じがいい。
ゲームで話していた雰囲気とは、少し違う気がしたけれど……。
(でも、会ったことがないんだ。想像と違うのも当然か)
「YUMA……くん?」
「うん。今日は会ってくれて、ありがとう」
ぎこちなくも穏やかに始まる会話。
趣味の話や、ゲームのエピソードで少し笑い合い、時間は流れていく。
だけど――
(何かが違う)
話している言葉に違和感があるわけじゃない。
でも、言葉の間や視線の奥に、あの夜のやさしさが感じられない。
(……おかしいな。会いたいって思ったのは、こんな感じじゃなかったはずなのに)
だが奏はそれをうまく言葉にできず、喉に引っかかるような感覚だけが残った。
***
カフェの角。
窓の外からそっとその様子を見つめる悠真は、手にした傘を強く握りしめた。
奏が笑っている。
でもその笑顔は、どこか空っぽで、まるで相手に合わせてつくられた仮面のように見えた。
(……ちがう)
画面越しに交わしてきた声、夜中にこぼれた本音の言葉。
あのときの奏は、もっと自然で、もっと自由だった。
でも今、目の前の“YUMA”に向けられた笑顔には、あの柔らかさがなかった。
悠真は、喉の奥がぎゅっと締まるような感覚に襲われた。
(奏の中で探してたのは、“優しくて、傷に触れないYUMA”だった。現実の俺じゃ、きっと届かない)
自分の存在が、奏の支えになれたと思っていた。
だけど、それは“匿名の安心”の上に成り立っていた幻想だったのかもしれない。
カフェの窓に反射する自分の顔が、誰よりも情けなく見えた。
「……ごめん、奏」
心の中で呟いたその言葉は、雨音に紛れて、どこにも届かないまま消えていった。
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